長谷川正美「Gigi」

Gigi

2020 油彩・キャンバス
oil on canvas
130.3×162.1

2015年9月白露の頃、いつに無く秋の深まりも早かった。その日は、1日雨降りで、日が暮れるとあたりの空気はいっそ冷え込み、晩は毛布を被り床についた。電気を消すと、窓越しに子猫らしきか弱い鳴き声がする。また、誰か、うちに猫を捨てやがったな。ちくしょー、可哀想だが、明日見つけたら、追っ払うか、水をかけて、家の近くに寄り付かないようにしてやるしか無いな。
真実、諦め、ただひとり、
真実一路の旅をゆく。
真実一路の旅なれど、
真実、鈴ふり、思い出す。

白秋「巡礼」
夜更けに目が覚めると例の子猫が窓越しすぐ傍で鳴いてるが、そんなことよりも、漏れそうだ。イソイソと用を足し、スッキリして再び床についた。晩酌と冷え込みのせいもあるけど、それにしても、最近トイレが近くなった。そりゃそうだ、そんな年頃だし、どーしよーもない。なんて開き直りの自己嫌悪と耳障りな子猫の鳴き声も、夢うつつ。
再び目が覚めると、いつもと何一つ変わらない朝だけど、ちょっと身体が冷えている。あーあ今日も、仕事だ。ありがたいこった。朝の支度を済ませ玄関を出て車に近づくと、何処からか例の子猫の声がした。辺りを見回しても、車の下を覗いても姿が無い。気のせいだ、さっさと仕事に行かないと遅刻だ!車に乗ってエンジンをかけた。
いつもの道の渋滞を避けて、山道に入り峠あたりで車の窓を開けた。昨晩の雨でしっとりと冷えた空気が、なんとも心地好い。ラジオを消すと鳥のさえずりに紛れて何処からか微かに聞こえてくるのは「ミャ~」……。ん?どうも気になる…「ミャオ」…あれ?どうにもならん、そのまま風を切って曲がりくねる峠道を下って行った。
さえずっていた鳥たちが飛び去った。なんだろ。トトロの森に迷い込んだ訳じゃあるまいし。このまま、峠の送電線を風のように高速で走るネコバスみたいに俺をどっか遠くに連れてってくれるのかい?くだらない。俺がこれから行く先は、まるで飯場だ。もし、ネコバスだったら行先表示は「めい」なんかじゃなくて「めし」だ。メルヘンなんて必要ないところさ。
結局、このままコネコの鳴き声のする黒い車が、俺を飯場に連れてってくれた。エンジンを止めドアを開けた。シートの下からトランクルームまで隈無く探しても姿が見えない。仕方なくボンネットを開けてみるが、今どきの車は、機械がボディの隅々にまで埋め尽くされて、覗き込む隙間も無い。焼けそうな熱を帯びたエンジンルームの奥から確かに聞こえてくる
車を離れ飯場の掘っ建て小屋に足を向けた。その手前で必ず白黒の猫エリが足元にまとわりついてくる。まったく足が縺れて歩きにくいったらありゃしない。エリがいつからこの飯場に住み着いたのか誰も知らないが、兎に角この職場で誰よりも長くいる大先輩だそうだ。獣の猫が先輩だなんて、しょーもないと思いつつ掃除をサッサと済ませ、エリ大先輩に缶ずめの餌を与えるのが朝一番の日課だ。
朝の日課を済ませコーヒーを入れて軒下のベンチに座ってタバコをふかした。エリ大先輩は腹を満たし外に出て毛繕いをしている。まったくネコは気楽なもんだ。そーだ!俺の黒い車の中にこもってるコネコも腹を空かしているに違いない。エリ大先輩の餌を拝借して車のフロントの傍に置いてみた。「おー、何しとるんや」そこに現れたのは、仕事の先輩のじいちゃんだ。
じいちゃんに経緯を話してみると、「そんなバカな話があるか!あんたの家からここまで、曲がりくねった峠道を超えて20㎞くらい走って来たんだろ!」「静かにして、耳を車に当ててみい」「ミャオ」「えッ!?」「あっ!!出てきた!!」「餌食べたぞ!!」「あっ!!逃げた!!」一瞬見えたのは手のひらに乗りそうな小さな黒猫だ。すぐに車の下を覗き込んだが、もう姿が見えない。
耳を澄ますと車の中で再びか弱い声で鳴いている。困ったな・・・。車の下に潜り込んでみるが、車体の下までカバーで覆われていて中の様子がわからない。だけど、鳴き声のする場所は見当がついてきた。「そうだ、近場の消防署に電話して救助してもらおう。」じいちゃんは、そう言うと携帯をポケットから取り出し電話を始めた。大袈裟な話になってきたな・・・。
「じいちゃん。ちょっとコーヒーでも飲んで一服しようよ!」軒下のベンチでじいちゃんと俺は黙って一服した。タバコの火が消える頃には職場のメンバーが揃い猫の話をしてみると、皆、早速俺の車を覗き込んだり、叩いたりしている。半年前に初めて買った新車だって言うのに、まったくなんてこった。「ウ-ウーウーカンカンカン」2台も消防車がやってきた。
消防隊員が事情を聞きに来ると、じいちゃんは早速説明をした。消防隊員とて猫の鳴き声はするものの見つける事ができない。気付くと周りには近所の人が集まっている。これだけ人が集まれば猫だった怖くて車の外に出ようとも出られやしないじゃないか。消防隊員もお手上げで帰ってしまった。「ウ-ウーウーカンカンカン」なんも帰りにサイレンなんて鳴らさなくてもいいじゃないか。
「ちょっと放っておけば、出てきてどっか行っちまうだろう。」こんだけ騒がしておいて何言ってるんだ、じいちゃんは。最初からそうしておけば良かったのに。気付くと横の猿小屋にいる猿たちが腹を空かせ吠え立てているじゃないか。気を取り直して、皆で手分けして朝一番の仕事である猿と孔雀と烏骨鶏と鹿の世話を始めた。
毎日、朝夕に餌をやって部屋の掃除もしてるのに、ボス猿はいつも牙を剥き突進して威嚇してくる。世話のしがいのない獣で、なんの愛情も湧いて来やしない。その点、鹿は人懐っこくて可愛らしい。孔雀も大きな羽を広げて尾っぽをワサワサ振って挨拶してくれる。獣だから何考えているのか見当がつかないが、なんか必死で意思表現しているのはわかる。
そうこうして1時間半ほどの朝のひと仕事を終え、自分の車の様子を見に行った。じいちゃんも来ていた。「どお?」「しゃーない、今から車屋に行くぞ。」どうやらじいちゃんは、猫の鳴き声を聞いたみたいだ。今度はそう言い出し職場の軽トラに乗った。「しっかり着いてこいや。」仕方なしに俺も車のエンジンをかけじいちゃんと街の車屋に向かった。
車屋まで5kmほどだが、工事渋滞で道程は長い。信号で止まる度に、まだ生まれて間もないだろう命の無事を、耳を澄ませて確認した。渋滞を抜けて、先を急ぎたいところだが、車のスピードをあげる訳にはいかない。ノロノロ運転で後ろの車のクラクションがやかましい。前を走るじいちゃんは、それに気付き俺に合わせてノロノロ運転し始めた。
仕事のことなんかすっかり忘れ迷惑顧みず気まぐれにノロノロ車を走らせた。気がかりなのはコネコのことだけだ。声が途絶えると心配で仕方がない。「生きているのかい?あともう少しだ。堪えてくれ・・・。」身につまされる。渋滞の先にまだ開店前で店員さんらしき姉さんが掃除している車屋が見えてきた。
じいちゃんは店先に車を止めて、姉さんに話しかけると、そのまま店の中に入って行った。しばらくすると、店長らしき人と一緒に出てきて俺を手招きしているので、車を降りて、早速、コネコの事を話した。店長は、店員の姉さんに工員を呼び出すように指示した。ボンネットを開けてみんなで覗き込んだ。何の気配も無い・・・。

諦めてボンネットを閉めようとすると・・・「ミャオ」「!?」。店長はすぐさま工員に指示した。「工場に持って行ってよく調べてみてくれ。」俺の車は、そのままセーフティローダーに積み込まれ工場に行ってしまった。30分程経ってから工員が現れこう話した。「猫がいるのは確かですが、どうしても見当たらないので、車の一部を分解してもよろしいでしょうか?」
色んな心配事が頭をよぎったが「はい、お願いします。」としか返事のしようがなかった。それから更に2時間近く経ち工員が何やら掌に乗せてこっちにやって来た。「これも何かの縁だから面倒見たってください。」黒猫のコネコだ。じっとうずくまっている。面倒見るなんて気はサラサラ無かったが、とっさにコネコをだき抱え、成り行きで面倒を見ることになってしまった。
それ以来何をするんでも常に俺に着いてまわる日々は、5年も続かなかった。ある朝いつもの様に仕事に行こうと玄関に向かいかけた瞬間に絶息した…。あまりに短い命を悔やみ、「なんのために生まれてきたんだい?」と、何度か問うてみたものの俺の頭じゃ到底答えなんか見つけられっこない。獣だろうが何だろうが、命を全うしたじゃないか……。さよならGigi
二人で居たれど、まださびし、
一人になったらなおさびし、
真実、二人はやるせなし、
真実、一人は堪えがたし。

白秋「巡礼」

“長谷川正美「Gigi」” への3件の返信

  1. ブラザー さんの発言:

    ライブをこっそり見ようと思ったが、古いスマホじゃ見られねえ所、制作動画を見た、感動したぞ。嫌がるだろうからあんまり色々言わない。

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    1. M.Hasegawa さんの発言:

      ありがとうございました。

      返信

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